ハープサルの見どころ
このページでは、エストニアの地方都市、ハープサルの観光名所をご案内します。
レーネ県の県都・ハープサル(Haapsalu) は、タリンから南西に向かっておよそ100kmほどのエストニア西海岸にあり、バルト海の島めぐりの起点になる町です。 この辺りは、中世にはサーレラーネ司教領でした。 15世紀には海賊の襲撃を受け、町が全焼したという記録があります。 この町にはかつてスウェーデン系の人々が多く住んでいたため、スカンジナビア風の建物をよく見かけます。 市内のタガラット湾でとれる泥は、新陳代謝を活発にし、治癒力を強化する効能があり、古くから治療薬として使われていました。19世紀には、その効用を知ったロシア人たちの療養地として有名になりました。ツァーリ(ロシア皇帝)や作曲家のチャイコフスキーが療養したこともあります。 現在では美容目的の泥スパで利用されていて、数多くの高級スパがあるエストニア屈指の「温泉街」になっています。 古くから上質の毛糸の産地としても知られていて、この町の女性たちが織る「ハープサル・ショール」は、スウェーデンやスペインの王室、女優のグレタ・ガルボなどに愛用されてきました。
ハープサル城
司教の居城だったハープサル城《Haapsalu piiskopilinnus》は「僧正の城」として有名です。 城内の洗礼堂には、司教の愛人だったという少女にまつわる言い伝えがあります。彼女は聖歌隊の少年のふりをして城に忍び込んでいましたが、ある時それが発覚し、この洗礼堂の壁に塗り込められてしまったそうです。 8月の満月の夜には、白衣を着た彼女の姿が写し出されるという言い伝えがあります。毎年8月にはそれにちなんだ音楽祭が開催され、「白衣の乙女の日々」という劇が演じられます。 敷地内は入場無料で、中は博物館になっています(3ユーロ)。 教会がある他、中世の監獄や病院、学校が再現されています。
チャイコフスキーの道
ハープサルの北端、バルト海に突き出た細長い半島を北に向かって行くと、右側に「チャイコフスキーの道(Tšaikovski puiestee)」という小径があります。ロシアを代表する作曲家、ピョートル・チャイコフスキーが若い頃、この辺りに滞在していたことから名付けられました。 小径を進むと海岸沿いの遊歩道となり、そこにある石の椅子は、「チャイコフスキーのベンチ」と呼ばれています。1867年にハープサルで療養していたチャイコフスキーは、このベンチから日の出を見ることが好きだったと伝えられています。 当時27際のチャイコフスキーは初のオペラ「ヴォエヴォーダ(地方長官)」を初演したばかり。ハープサル滞在中は、そのオーケストラバージョンを編曲していました。 また、同じ年に、「ハープサルの思い出(3つの小品)」というピアノ曲を作曲しています。それぞれ「城の廃墟 ホ短調」「スケルツォ ヘ長調」「無言歌 ヘ長調」の3曲で、中でも「無言歌」は、クライスラーによってヴァイオリン・ヴァージョンにもアレンジされた名曲です。 また、代表作の一つである交響曲第六番「悲愴」の第二楽章は民謡風のメロディになっていますが、これもハープサル滞在中に聞いたエストニア民謡から曲想を得たと言われています。
アクセス
タリンからハープサルまでは、バスで2時間ほど。6.71ユーロ。 バスターミナルやハープサル駅は町の南西にあり、中心部からはやや離れています。市内にはトラムが走っています。 トラムのチケットは事前に買っておくと、1ユーロです。車内で払う場合は、1.6ユーロ。
宿泊
Baltic Hotel Promenaadi Sadama 22 ハープサルの北西地区にあり、中心街まで徒歩で16 分 Hermannuse Maja Karja 1A 中心街まで徒歩で8 分 Vanalinna Hostel Jaani 4 ハープサル城まで200メートル。